頼 + 経
TWO-KANJI WORD

「頼経」

ライケイ・ライキョウ

01
COMPOSITION

構成する漢字

02
READING

読み方

読みの候補

ライケイ、ライキョウ

各漢字の音読みを機械的に組み合わせた候補です。実在する語の正式な読みを保証するものではありません。
03
MEANING & USAGE

意味と使い方

藤原 頼経(ふじわら の よりつね、建保6年1月16日〈1218年2月12日〉 - 建長8年8月11日〈1256年9月1日〉)は、鎌倉時代前期から中期にかけての公卿。官位は正二位、権大納言。鎌倉幕府第4代征夷大将軍。摂政関白を歴任した九条道家の三男で、摂家から迎えられた摂家将軍。九条頼経とも呼ばれる。
両親ともに源頼朝の同母妹坊門姫の孫であり、前3代の源氏将軍とは遠縁ながら血縁関係にある。妻は源頼家の娘竹御所。
竹御所は難産の末、母子共に亡くなり、源頼朝直系である源氏将軍の血筋は断絶した。頼経は反執権勢力に利用されるようになり、第5代執権北条時頼によって京都へ追放された(宮騒動)。

出典:Wikipedia日本語版

04
RELATED COMBINATIONS

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