TWO-KANJI WORD

「廉塾」

レンジュク

01
COMPOSITION

構成する漢字

02
READING

読み方

読みの候補

レンジュク

各漢字の音読みを機械的に組み合わせた候補です。実在する語の正式な読みを保証するものではありません。
03
MEANING & USAGE

意味と使い方

廉塾(れんじゅく)は、江戸時代備後国神辺(現・広島県福山市神辺町)に、菅茶山によって開かれた私塾を元に開校した備後福山藩の郷校。
安永4年(1775年)別の場所で私塾として開塾し天明5年(1785年)頃には「金粟園(きんぞくえん)」と呼ばれていた。寛政3年(1791年)あるいは寛政4年(1792年)頃塾生の増加に伴い現在地に移転、「黄葉夕陽村舎(こうようせきようそんしゃ)」あるいは「閭塾(りょじゅく)」と呼ばれた。寛政8年(1796年)福山藩の郷校となったことで「廉塾」あるいは正式名称「神辺学問所」と呼ばれるようになった。廃藩置県および学制施行に伴い明治5年(1872年)閉塾した。
廉塾という名は柴野栗山が学舎に名付けたものである。一般には「はじめは黄葉夕陽村舎といっていたが、のちに茶山は福山藩に願って郷校とし廉塾と称した」としている。その他、公式には神辺学問所と呼ばれたが一般には廉塾と称した、黄葉夕陽村舎と号し廉塾と称した、など。
当時の施設は現存しており、本居宣長宅跡とともに二大学舎とも言われ、江戸後期の教育環境を現在まで伝える国内唯一の施設である。「廉塾ならびに菅茶山旧宅」として昭和28年(1953年)国の特別史跡指定。2021年度から保存整備事業が始まっている。

出典:Wikipedia日本語版

04
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