帝 + 辛
TWO-KANJI WORD

「帝辛」

テイシン

01
COMPOSITION

構成する漢字

02
READING

読み方

読みの候補

テイシン

各漢字の音読みを機械的に組み合わせた候補です。実在する語の正式な読みを保証するものではありません。
03
MEANING & USAGE

意味と使い方

帝辛(ていしん、拼音: Dì Xīn、紀元前1100年ごろ)は、殷の第30代(最後の)王。周の武王に滅ぼされた。一般には紂王(ちゅうおう、拼音: Zhòu Wáng、単に紂とも)の名で知られる。
いずれも周王朝が殷を滅ぼした後で名付けたものであり、存命中の名は不明だが「王辛」の可能性もある。なお周王朝が付けた紂王の紂の字は、戦国時代の竹書である『容成氏』では「受」と書かれている。
史書によれば帝乙の末子。異母兄に微子啓と微仲衍らがいる。子に武庚禄父らがいる。史書では悪評が高い。酒池肉林の名で知られる放蕩や暴政が記されており、『史記集解』には「義を残(そこ)ない、善を損なうを紂と曰う」と記されるなど、後世に暴君の代名詞となった。

出典:Wikipedia日本語版

04
RELATED COMBINATIONS

関連する組み合わせ